体験談

しみに負けない私になろう

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少年野球

頬の点々が気になり始めました

38歳、専業主婦です。
35歳を過ぎたくらいからでしょうか・・・、頬のそばかすというかしみというか、点々が気になり始めました。
それまではどうだったかと聞かれても、それほど気になっていなかったので、たぶん、悩むほどのものではなく、お化粧でカバーできる程度のものだったのだろうと思います。

初めにしみというものを意識しはじめたとき、それは頬にほくろができたのかな?くらいのものでした。
しかし、ほくろほど黒くはならず、それが次第に増え始めたのです。
気が付いたら、腕にもありました。
「ママ、ほっぺに茶色い絵具ついてるよ」と一番下の娘に言われた時のショックはとても大きく、いまでも強烈に覚えています。

現在、高1の高校球児と、中1・中2の娘と、年長の娘がいます。
息子が野球を始めた昔、下の子を連れながらの試合応援やお当番、本当に忙しく、まだ20代だったこともあってそれほど紫外線対策もしていませんでした。
年をとってからそばかすが増えるなんて知らなかったのです。

高校時代の日焼け

私は高校時代は、野球部のマネージャーをしていました。
日焼け止めを塗ってグランドに出ると「そんなもん塗るくらいならマネージャーなんて辞めちまえ!」監督に怒鳴られ、真夏の炎天下の下、日焼け止めクリームひとつ塗らず、無防備のまま毎日日差しにさらされてきました。
それでも、夏が終わり秋になると、日焼けした肌は普通の肌色に戻っていました。

 

 

化粧品会社に勤める友人に相談

某化粧品会社に勤める友人に、そばかすのことを相談しました。
化粧品ではカバーしきれていない気がしたのと、あんまりべったりとファンデーションを塗るのも苦手だったので、市販の塗り薬と飲み薬、どちらが即効性があるのか知りたかったのです。

高価なものばかりでどちらも試せるほどのお財布の余裕もありませんでした。
友人は、「薄くはなっても完全には消えない」そう答えました。
浴びてしまった紫外線は肌に蓄積されているのだと教えてくれました。
私は、とてもショックでした。
紫外線が肌に蓄積されていくものだなんて思いもしなかったからです。
そしてしみはこれからまだ増えてくるんだという衝撃的な事実もそのとき知りました。

シミへの対策

対策はいろいろとあるようでした。
日々のケアで、まずはこれ以上紫外線のダメージをうけないようにしっかりと予防していくこと。

それから、メラニン色素が生成されないように生活習慣や食事から気を付けていくこと。

そして、サプリを飲んだりクリームを塗ったり…、お化粧でうまくカバーをしていくこと。

できることは意外とあったものの、子育ての傍らで時間とお金の許される範囲でできることーと考えると、選択肢は絞られてきました。

子供と一緒にお風呂に入るので、ゆっくり洗顔したりお風呂上りにケアするのはちょっとできそうにありませんでした。
しみ対策の化粧品やサプリも高価で手がでませんでした。
子供と公園に行くとき、野球応援に行くとき、毎日の幼稚園の送迎、帽子を被るくらいはできましたが、日傘をさすまではできませんでした。
家を出る前に紫外線対策のクリームを塗るのは、余裕があるときはできましたが、ばたばたと忙しい朝には、やっぱりおろそかになってしまいます。
せめてお肌に良さそうなお料理を…と思い、これはなんとかできたことはできたのですが、中学生の娘たちのほうがよろこんで食べました。

 

 

しみがあっても、それは年月の積み重ねでできたもの

トータルして考えると、しみに悩んでいても、実際になにができるかというといろいろとハードルがあり、挫折してしまうのが現実でした。
顔を見られるお仕事なら気合も違ったのでしょうが、ある程度は仕方がないのではないかという諦めの感情が生まれてきました。

そして、しみがあっても、それは年月の積み重ねでできたものであって、子供とたくさん公園で遊んで、息子の野球応援を頑張って、甲子園を目指す部員のために一生懸命働いて、その結果のことだから仕方ないんだという気持ちにもなりました。
だから今は、そんなに隠そうとも思わなくなり、厚化粧もやめました。
しみがあっても私は私なのだから。

 

 

 

 

 

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